指圧とその海外普及

池永 清 著

指圧の定義

海外で指圧をしておりますと『指圧とは何か?』という問題が非常に重要になってまいります。日本は指圧発祥の地ですので、ほとんどの人が指圧を知っている事でしょう。又、その定義まで正確に理解していなくても、日本語(漢字)の場合指圧という単語から大体の意味は想像することが出来ます。では、海外ではどうでしょうか。現在、日本の指圧は海外でもそのまま『SHIATSU』として普及しておりますが、ローマ字になってしまうと言葉自体には意味を持たなくなってしまいますので、正しい説明が必要となります。指圧を英語に訳すと、まず『指』はfingerですが、これが『親指』となるとthumbになります。『圧』はpressureですので、finger pressureあるいはthumb‐pressureという事になり、この時点では別段難しい事はありません。

しかし、問題は言葉ではありません。日本独特の手技療法である指圧を正しく普及させる為には、日本の法律『あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律(いわゆるあはき法)』で認められている医療としての指圧つまり『指圧療法』を法的根拠に基づき正しく伝えて行くことが非常に重要です。その目的を達成する為に、まず何をおいても指圧とは何か?すなわち『指圧の定義』を明確にすることが必要です。

そこで、いろいろ調べて見ますと指圧の定義は、昭和30年に初めて指圧が法律により認められてから約2年後の昭和32年12月、当時の厚生省(現厚生労働省)医務局医事課より発行された『指圧の理論と実技』という教本の中に明記されており、その全文は次の通りです。

『指圧法とは、徒手で母指、手掌等を用い体表の一定部位を押圧して生体の変調を矯正し、健康の維持増進をはかり、または特定の疾病治癒に寄与する施術である。』

従いまして、指圧療法の大前提は以下に挙げる3点だということがわかります。

  1. 徒手を用いること。(道具はもちろんやヒジ、ヒザ、足等は使用しません)
  2. 体表を押圧する事。(もんだり、撫ぜたり、引っ張ったりはしません)
  3. 健康維持増進や疾病治療を目的とする事。(医療の一環です)

大変シンプルですが、海外で指圧について説明する場合、この3点が最も重要なポイントであり、更に、これに日本独特の手技療法であることを付け加えればよいでしょう。ちなみに、カナダ・ブリティッシュコロンビア州指圧協会のホームページでは、この指圧の定義がそのまま次のように訳されております。

"Shiatsu technique refers to the use of fingers and the palm of one's hands to apply pressure to particular sections on the surface of the body for the purpose of correcting the imbalances of the body, and for maintaining and promoting health. It is also a method contributing to the healing of specific illnesses."

指圧の神髄

指圧の特色は、なんと言っても指と手掌(特に母指)のみを使って施術するところにありますが、その神髄は『診断即治療』にあると言われておいます。
『診断即治療』とは、優れた感覚器である手掌と親指を使って施術することにより、体表のコリの位置や状態からその症状を見極めそのまま治療につながるという意味ですが、その妙味を会得するまでには、当然多くの経験が必要となります。

指圧療法が、現代医学や東洋医学、即ちはりきゅう等の漢方医療(TCM)と決定的に違うのは、この『診断即治療』、簡単に言いますと事前の診断が必ずしも必要でないところにあります。
現代医学では、診断がついて初めて治療法が確定されますし、TCMにおきましても、俗に『証を決める』といいますが、陰か陽か、あるいは虚か実か、というように、事前に診断が必要とされるのは現代医学と同じです。しかしながら、指圧療法では、生まれながらにして人間に備わっている免疫力・自然治癒力を高めることによって病気の予防や治療効果を引出していきますので、例え事前の診断が無くとも、あるいは、お互いに全く言葉が通じ無くとも『指一本、煎餅布団一枚(浪越徹先生談)』あれば治療できます。常に基本である全身施術心掛けることによって、神経系、循環器系、骨格、筋、内分泌等のからだの機能を正常に戻し、自然と病気に打ち勝つ力を引出していくことが出来るのです。従いまして、我々指圧師は世界中どこに行きましても、正しい施術を行うかぎり歓迎され、又、地域の保健医療におおいに貢献出来るではないでしょうか。

指圧の歴史(前編ー誕生までの沿革)

まず、指圧の発生ですが、指圧の起源は『手当』に始まります。人類は古代より患部に手をあてることによって痛みを鎮める事が出来ることを本能的に知っていました。『手当』による疾病治療の最古の記録は約2000年前の神話時代までさかのぼると言われ、日本の医祖とも言われている少名毘古那神(すくなひこなかみ)が徒手によって病気を治した記録が古歌にうたわれています。もっとも、このような言伝えは日本だけに限られたことではなく、和痛の為の手技療法は、ヨーロッパではマッサージとして、中国ではあん摩(現代中国では、推拿として、その他世界各地であらゆる手技療法に発展していったのでしょう。

その後、有史時代に入り、仏教伝来などとともに中国大陸から朝鮮半島を経て『漢方医療』いわゆる中国伝統医療(TCM)が輸入され、寛永2年には丹波康頼(たんばやすより)によって、現存する日本最古の医書といわれる『医心方』が撰述されるに至り、漢方医療は日本の医療の中心を担う事となり、その地位は明治維新まで脈々と保たれました。又、漢方医療には、その主流である鍼、灸、生薬等の他に、手技療法『あん摩』も含まれており、江戸時代には後藤良山(ごとうりょうざん)太田晋斎といった優れた手技療法(あん摩)師が多数輩出されました。

江戸末期になり、杉田玄白(すぎたげんぱく)前野良沢(まえのりょうたく)によって『解体新書』が和訳されたのを皮切りに、明治以後の日本の医療は西洋医学全盛時代に入ります。西洋からの最新医学の流入のなかで、手技療法もまたマッサージ、カイロプラクティック、オステオパシー、スポンディロセラピーなど多くのテクニックが輸入されました。又これらの舶来手技療法に加え、日本古来の手当て、あるいはその昔中国より日本に輸入され根付いていたあん摩、導引、活法、柔術、そしてそれらの複合形等、ありとあらゆる手技療法が誕生し、昭和初期には、これら一般に療術とよばれて大衆に親しまれてきた民間療法(法的には医療類似行為と言う)は実に300種以上あったと言われています。

『指圧療法』の創始者といわれております浪越徳冶郎(なみこしとくじろう)は、明治年45年(大正元年)7歳の時に四国香川県より北海道留寿都村へ移住しました。ところが、徳冶郎の母マサはなれない旅の疲れと急激な生活環境の変化からか、到着直後からからだ中の痛みを訴え寝込んでしまったそうです。当時のことですから医者も薬もありません。母の苦しみを見かねた徳治郎少年は『撫でる』、『擦る』など必死に看病しましたが、そのうちに、からだのある部分、特に固く凝り固まっている箇所を母指で押してほぐす事により、不思議と母の容態が良くなってくることに気付いたのでした。その後、暗中模索のうちにからだの凝りや熱などの状況にあわせて押し方を工夫した結果、ついには全快にまでこぎつけたそうです。病状は今で言う多発性関節リウマチだったと思われますが、母を思う子供が文字通り必死で『手当』をした結果でありました。この時の経験を基に、試行錯誤をくり返し幾多の研究を重ねた末に完成したのが、現在の(厚生労働省によって定義された)『指圧療法』の始まりといわれております。

その後、大正14年北海道室蘭において世界初となる指圧専門治療院の開院、昭和9年、著書『指圧療法と生理学』の発表、昭和15年日本指圧学院の開校・・・というように、指圧の歴史は、その創始者・浪越徳冶郎により、大正年間から昭和初期にかけて急速にかたちづくられて行きました。

尚、『指圧(指壓)』という言葉そのものは、やはり大正年間から昭和初期に、玉井天碧(たまいてんぺき)によって初めて使用されたとという説もあり、昭和14年にはその著書『指壓療法』が出版されております。

指圧の歴史(中編ー法制化への道)

終戦により、それまでの日本人の生活様式、価値観、社会通念等は180度転換してしまいましが、それは民間療法(医療類似行為)においても例外ではありませんでした。現在の日本指圧専門学校の前身である日本指圧学院は、昭和15年浪越徳冶郎よってに設立され、法的にも、昭和5年の警視庁令によって認定された多くの施術者を世に送り出しておりました。その当時の法律では、指圧(を含めた民間療法のほとんど)は現在のような国家試験による免許制度ではなく、所轄警察署を所管とする届出制でした。そのような情況のなか戦後まもなく昭和22年のことですが、当時のGHQの主導により、現在の『あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律』いわゆるあはき法の前身である『あん摩、はり、きゅう、柔道整復等営業法』が制定されました。この法律により、それまで届出制として認められてきた指圧その他の民間療法(医療類似行為)は、8年後の昭和30年までの一応の猶予期間を与えられた事になります。

そして、昭和30年の第22国会では、政府より『あん摩、はり、きゆう、柔道整復等営業法』の一部改正案が提出された事を受け、参議院社会労働委員会において各業界より参考人を招聘しての公聴会が開かれました。政府原案では、『あん摩』の表現を『あん摩(マッサージ、指圧を含む)』に改正し、その他の民間療法を禁止する狙いがあったといわれております。公聴会に提出された主な議題は以下の7つでした。

  1. 医療行為と医療類似行為の関係
  2. あん摩と指圧の関係
  3. 指圧と他の医療行為の関係
  4. 医療類似行為の修得方法と営業の情況
  5. 『あん摩、はり、きゅう、柔道整復等営業法』に伴う8年間猶予期間の解釈
  6. 指圧を除くの療術3年以内の転業又は廃業
  7. 医療類似行為の禁止

この法改正にむけての公聴会は指圧の歴史上きわめて重要なものでした。なぜならば、政府原案では『あん摩(マッサージ・指圧を含む)』という表現で、この時の法改正では政府原案通り可決されたのでありますが、ともかく史上初めて法律上に『指圧』という言葉が登場しました。そして、はやくも2年後の昭和32年には、指圧の定義を定めた厚生省の教本が発行され、更にこの時の公聴会に出席した参考人の先生方によって指圧に関する著書が次々と出版され広く世間に認知されていきました。又、日本指圧学院が正式に『厚生大臣認定・日本指圧学校』となりましたのもこの時期です。このような過程を経て、最終的には昭和39年あはき法は再び改正され、名称は『あん摩(指圧を含む)』から『あん摩マッサージ指圧師』という表現に修正されました。ここにおいて、遂に『指圧』は、日本独特の反射療法・経験療法として法的にも認知を得たのです。 昭和30年第22国会参議院社会労働委員会における、『あん摩、はり、きゆう、柔道整復等営業法』の一部改正のための公聴会での参考人の先生方の証言は、それから9年後の法改正によって『指圧』を『マッサージ』とともに『あん摩』から切り離し、それぞれ独立した別個の手技療法として改めて位置付けた、現在の『あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律』の根拠となっており、現在の『指圧療法』のかたちはだいたいこの9年間でほぼ決定付けられたと言えます。従いまして、この公聴会の議事内容とその後の9年間の一連の動きは、日本国内はもちろん海外での指圧普及活動におきましても、その法的裏付けも含めて指圧成立の最も重要な箇所となるに違いありません。

この公聴会に参考人として出席され、それぞれの立場から証言をされた先生方は発言順に以下の通りです。(敬称略・肩書きは当時)

  1. 日本医師会専務理事          志村 国作
  2. 東京医科大学名誉教授         藤井 尚久
  3. 元横浜医科大学講師          槍物 一三
  4. 東京教育大学特設教員養成部講師    芹澤 勝助
  5. 全日本鍼灸按マッサージ師会会長    子守 良勝
  6. 日本鍼灸師会会長           花田 溥
  7. 京都府鍼灸按マッサージ師会会長    関野 光雄
  8. 全国療術協同組合理事         松本 茂
  9. 全国療術協同組合理事長        宇都宮 義債
  10. 日本指圧協会会長           浪越 徳治郎
  11. 東京大学医学部教授          三木威 勇治

又、政府・厚生省側からは、公衆衛生局長、医務局長、医務局次長、薬務局長が出席しております。

この度入手いたしました議事録には、各先生方の証言が一字一句記されておりますが、その中でも注目すべき発言を挙げていきたいと思います。 まず、日本医師会常任理事の志村先生(急きょ会長の代理として出席)ですが、この当時の医師(あるいは世間一般)の一般的な認識だったのかも知れませんが、まずあん摩とマッサージが同じものであり、従って指圧も同類、つまりそれぞれの手技療法はその発生や理論に関係なく手技は手技で同類とみなされた様子です。

次に、東京医科大学名誉教授の藤井先生は、厚生省の委託を受け昭和24年25年の2年間、東京医科大学において、当時の『指圧』をあん摩マッサージを除いた全ての手技の総称と仮定した上で調査研究され、指圧はアメリカのカイロプラクティック、オステオパシー、スポンジロセラピー、あるいはドイツのナツールセラピー等の流れを汲む、西洋医学的知識に基づいた反射療法・経験療法であり、東洋医学の一種であるあん摩とは一線を画するものだと結論付けております。藤井先生は、その著書に『指圧の理論と術技の大要』があります。

はり灸あん摩の代表として出席された芹澤先生は、この時は指圧(マッサージも)はあん摩の一種と主張されましたが、この法改正をうけて、それから2年後の昭和32年には『指圧の理論と実技』という著書を発表され、指圧は古法あん摩の流れを汲むとしながらも、日本独自の手技療法であると説いております。

そして、浪越先生は、この当時、指圧・整体・療術といったありとあらゆる手技が混在する中、ご自分が独自に開発した指圧に加え、昭和28年にはアメリカに渡ってカイロプラクティックを始めとした各種手技療法を研究し、日本指圧学院を創設する等して『指圧療法』の体系化に努めており、この時の公聴会では日本指圧協会会長として指圧界を代表して出席されました。時間をだいぶオーバーしながらも指圧の独自性をおおいに証言され、その論理は、上記昭和245年に行われた厚生省の委託を受けた東京医科大学の調査結果と共に、その後の一連の指圧に関する法制化の根拠の主幹をなし、今日における『指圧療法』のかたちを決定付けました。尚、当時漢方医療の権威であり、又、後に指圧に関する著書も多数持つ事になる芹澤先生も、この時の浪越先生の指圧理論に強く影響を受けたひとりといわれております。ずっと時代は下がりますが、その後の浪越先生米寿の祝賀会席上におきまして、芹澤先生自ら『日本の指圧は浪越の指圧、浪越の指圧は日本の指圧』と、浪越先生が名実共に『指圧の創始者』である事を内外に知らしめました。

指圧の歴史(後編ー経絡指圧その他の応用)

現在、世界の多くの地域で、また日本国内においても『指圧』と聞くと、何か東洋医学的なものという印象を受ける人も少なくないと思いますが、戦後の一連の法制化の中で『指圧』は『あん摩』即ち漢方医療における手技療法とは異なる、日本独特の手技であることが確定したのは前出の通りです。指圧療法の創始者で日本指圧専門学校の創設者である浪越徳冶郎先生は、『自分の指圧はなんら漢方医療の影響を受けていない』と明言されておりますし、昭和24‐5年に厚生省の委託を受けた藤井尚久名誉教授を中心とした東京医科大学の研究調査結果もそれを裏付けるものでした。

俗に言う漢方医療、即ち中国伝統療法・TCMの理論を取り入れて指圧することを、経絡指圧/メリディアン指圧と呼びますが、昭和47年に出版された『経絡経穴と指圧療法・井沢正(いざわただし)著』には、当時日本の漢方医療の第一人者でありました芹澤勝助先生の言葉として『私が聞いておりましたところでは、指圧治療は、アメリカの整体療法を基本にした現代的な新しい手技療法で、東洋医学の領域にある古来の抑按調摩の法とは異なるという事であったと存じます。指圧療法が、東洋医学の一科としても、真剣に検討されはじめたのは戦後のことでしょう』とあります。この言葉が示すとおり、だいたい昭和40年代から、本来『はりきゅう』の為のものであった経穴を指で押す『経絡指圧』というものが一般に登場し、当時の日中国交正常化に伴う中国ブームに乗って急速に普及した感があります。

井沢正先生は、日本指圧学院の卒業生、即ち浪越門下生のひとりでありますが、はやくも昭和39年には、指圧治療の基本圧点が、漢方医療の経絡経穴に一致することが多いことに着目され、『按腹図解と指圧療法』を編述されました。(按腹図解は江戸時代の按摩師・太田晋斎の著) その後、同じ浪越門下生(日本指圧学校卒業生)から、『指圧療法と掌圧療法(平成6年出版)』の著者・佐藤岩冶郎(さとういわじろう)先生や、『指圧(英語版の表題は禅指圧)(昭和49年)』の著者・増永静人(ますながしずと)先生が経絡と指圧、又は経穴点と指圧のツボを結びつけた独特の理論を展開されております。又、平成15年に北米で出版された私自身の著書TsuboShiatsuでは、いわゆるツボ(反射点)を漢方医療に使われる経絡から切り離して、解剖生理学的に解明しております。

現在海外では(日本でも)、本来の『指圧療法』の他に、上記のようないわゆる経絡理論や気孔等をもちいた、多くの『応用指圧(英語では、DerivativeShiatsuと呼ばれる、即ち指圧から応用した指圧という意)』があるようです。

指圧の海外普及状況と問題点

現在では、日本の指圧は『その効果と安全性』が多くの支持を得まして、海外でも急速に普及しつつあります。しかし、全く問題が無い訳ではありません。

1番深刻な問題は、その教育水準がまちまちであり、更に本来の『指圧の定義』から著しく逸脱している場合があるという事です。海外で指圧をしていますと、『流派は何か?』といった意味合いの質門をよく受けます。これは、日本において、それぞれの応用指圧が本来の指圧療法とは別に並び立って定義されているかのごとく誤解されていることを意味します。もう少し具体的に言いますと、1番多いのは『浪越指圧か増永指圧か?』という質問なのですが、これは非常に的外れな質問です。なぜならば、この場合『浪越指圧』は、日本指圧専門学校で教えている厚生労働省認定の『指圧療法』を指し、このプログラムは卒業後国家試験を経て免許を受ける為のもので、合計2500時間程度の修業時間を要求されます。対して『増永指圧』は、その日本指圧専門学校の卒業生のひとりである増永静人先生によって考案された応用指圧で、海外では俗にZen-Shiatsuと呼ばれてます。 増永先生の開院した『医王会指圧センター』で開催されている講習会は、現在でも週1回/2時間半、計12週/30時間程度のもので、もちろん、プロの施術者を目指すための厚生労働省認定プログラムではありません。その他にも、日本や世界の各地で様々な応用指圧を含めた民間療法の講習会が盛んに開催されておりますが、それらの講習会は、たいてい数時間から数ヶ月程度のもので、『増永指圧』と同様、国家試験に合格してプロの施術者になるためのプログラムではありません。

ご存知のごとく、日本におきましては、プロの施術者になるためには厚生労働省に定義された『指圧療法』、つまり日本指圧専門学校等の厚生労働大臣認定校において所定の基準に沿った指圧を学ばなくてはなりません。例え、どのような応用指圧による治療を目指すのであれ、臨床の為にはまず国家試験を通った『施術者(あん摩マッサージ指圧師)』となる事が先決ですので、その為にすべての施術者がある一定の知識能力を有している事が保障される事となります。しかし法的規制の整備されていない海外では、基本となる定義された指圧の基礎や解剖生理学等の医療基礎をほとんど勉強しないままに、あるいは経絡理論を中心とした数日から数ヶ月の応用指圧の講習会を受けただけで、プロの施術者を名乗ることが可能です。このことは、施術者のレベルの低下を意味し、世界各地で(その多くは未だ民間レベルではありますが)徐々に認知されつつある指圧療法にとっては致命的な問題になりかねません。 このような状況の中、世界中の指圧施術者共通の切実な問題として浮かび上がってきたのが、世界統一資格の構築です。

指圧の世界統一資格『Shiatsupractor』

指圧プラクターとは、世界統一の指圧資格の証明となる資格のための名称です。ご存知のように、日本で免許された施術者(あん摩マッサージ指圧師)と認定されるためには、厚生大臣認定校で最低3年の修学を終えた後、厚生労働省による国家試験に合格する事によってはじめて免許証が発行されます。時間数にするとだいたい2200時間程度の教育時間が必修となっております。しかし、日本以外のほとんどの国や地域では、法整備の遅れからその教育水準もまちまちで、ひどい所になると、わずか数時間から数ヶ月の修学で卒業証書並びに民間の証明書が発行される場合があります。しかも、公的機関による教育指導要項等が存在しないため、教師の資格も問われず、日本では必修とされている解剖学、生理学、病理学等の医療基礎をほとんど学ばずに、もっぱら漢方医療的な知識のみに重点をおいたところも少なくありません。

このような、現状の中、指圧プラクターは、日本と同程度の正しい教育を受けた施術者であることを証明する、世界唯一の資格として定められました。これにより世界中どこへ行っても、ある一定以上の知識技術経験をもった施術者より指圧を受ける事が出来るようになります。

指圧プラクターの名称は、1990年代後半にカナダのブリティッシュ コロンビア州(バンクーバーの位置する州)で使われたのが最初です。その後、ISA/国際指圧協会(本部・日本)の協力により、指圧資格の世界基準確立のための公式名称に認定されました。2003年末現在に於きましては、北米地区(アメリカ合衆国、並びにカナダ)、ヨーロッパ地区(EU加盟諸国)及び、日本において、登録商標としてその使用が正式に保護されております。 指圧プラクター認定のための教育水準は、日本では、あん摩マッサージ指圧師免許に準じます。その他の地域で、その国や州等の公的機関の規制が無い場合、北米では2年間2200時間、欧州では2年から3年で1600時間程度のものが指標となっております。

指圧と応用指圧

本来の『指圧療法』

指圧療法の認知の流れ

1912年 浪越徳治郎先生によって、その原型が創案される。
1940年 日本指圧学校が創立される。
1955年 参議院・厚生労働委員会で法制化のための公聴会が開催される。
1955年 『あん摩(マッサージ・指圧を含む)師』として法制化される。
1957年 厚生省(現厚生労働省)より『指圧の定義』が認定される。
1964年 『あん摩マッサージ指圧師』と改正される。

このように、浪越徳治郎先生によって創案された指圧を基幹として、日本の『指圧療法』が発達し民間レベルでも政府レベルでも認知されて来たことが、浪越先生をもって指圧の創始者と呼ぶ所以であります。尚、下記に述べるように昭和の中頃から多くの応用指圧が考案されましたが、その考案者のほとんどは浪越門下生(日本指圧専門学校出身者)でありした。 海外においては、他の応用指圧と区別する為『浪越指圧』と呼ばれることがありますが、上記の指圧の歴史でもわかるようにように、本来『日本の指圧イコール浪越の指圧』であるので、これは正しい表現ではありません。指圧は指圧です。

応用した『デリバティブ指圧』

指圧から応用した指圧と言う意味なのですが、中には指圧の定義から逸脱し全く別の治療法へと変わってしまったものもあり、特に決まった定義はありません。日本では、『指圧療法』の有資格者の為に、又は純粋に個人で指圧を習いたい人を対象に、各地で応用指圧の講習会が盛んに開かれておりまして、増永先生のZenShiatsuなどは、日本だけでなく海外でも有名です。又、その考案者の多くが指圧の創始者・浪越徳治郎先生の教え子で日本の『指圧療法』を学んでおり、厚生労働省の指圧資格を有おります。しかし、これら応用指圧の講習会のみを受講しても、プロの施術者になる為の国家試験受講資格は得られません。

応用指圧の種類

Tsubo Shiatsu(ツボ指圧)

日本で古来から『ツボ』と呼ばれる押圧点、反射点を、経絡理論から切り離して解剖生理学的に解明することを目的にしております。本来漢方医療のものであった経穴(メリディアンポイント)の科学的解明は、1980年頃に、石塚寛先生(医学博士・前徳島大学教授、現日本指圧専門学校校長)によって提唱されたのが最初ではないでしょうか。その後2003年に指圧カレッジ校長池永清(1986年日本指圧学校卒業)によって著書『Tsubo Shiatsu』が発表されました。

Meridian Shiatsu(経絡指圧)

日本語で経絡指圧。漢方医療理論を導入した指圧方法で、主に経絡線上に現れる経穴を本来の指圧と同じく主に親指で押圧します。それ以外に特に決まった定義は無く、1964年に井沢正先生(1946年ごろ浪越門下生となる。後に日本指圧学校講師。)によって著書『経絡・経穴と指圧療法』が発表されました。

Zen (Ioh Kai)Shiatsu(ゼン(医王会)指圧)

増永静人先生(1958年日本指圧学校卒)によって考案されました。その英語版の著書は『Zen-Shiatsu』と題していますので、海外では俗に『Zen-Shiatsu』と呼ばれていますが、ご存知のように、本来禅とは宗教用語でありますので、日本では『Zen-Shiatsu』とは呼ばれていません。経絡指圧の一種ですが、本来のはりきゅうの為の経絡とは一線を画しているそうです。指圧の基本である母指圧よりも、肘や膝などを用いてAcupuncture(はり)の点を押圧する為、徒手をもって行うと定められている『指圧の定義』よりは逸脱し、むしろAcupressureに属すると言いった説が有力となっております。現在でも、増永先生によって開院された『医王会指圧センター』で3ヶ月程度の講習会(厚生省非公認)が開催されています。

Tao Shiatsu(タオ指圧)

遠藤喨及先生(日本指圧学校卒)『ZenShiatsu』の流れをくんでおり、増永先生の死後『医王会指圧センター』より応用しました。より宗教的で精神修行に重点を置いており、講義の前に念仏を唱えるのも特徴のひとつです。東京、京都や海外などで、1日~2日程度の講習会を開催しています。

Oha Shiatsu(大橋圧)

正確にはOHASHIATSU(大橋圧)として、米国に登録商標されてます。主宰の大橋先生は、いわゆる浪越門下生ではありませんが、1973年に浪越先生が渡米された際にニューヨークで開催された3日間の講習会を受講されました。又、押圧より体のバランスを整える事に主眼をおいている為『指圧療法』と言うよりはアメリカ生まれの整体指圧術といった感があります。

Macrobiotic Shiatsu(マクロバイオティック指圧)

九司道夫先生(1926年生まれ)の提唱する『Kushi Macrobiotics』では、食事療法と共に、鍼灸、指圧、瞑想、漢方等の代替療法を積極的に取り入れております。アメリカバーモント州にある『Kushi Institute(non-profit educational organization)』において、Macrobiotic Career Trainingコースの科目の一つとして『Macrobiotic Shiatsu』を教えいます。

Others(その他の指圧)

指圧は本来『経験療法』であり、臨床経験に勝る修行法はあり得ません。従いまして、施術者の数だけ独特の『技』や『論理』、すなわち『応用指圧』が存在すると言っても過言ではないでしょう。但し、プロの施術者である以上、最低限の基礎教育(日本の厚生労働省で定められた基準に準ずるもの。基本指圧はもちろん、解剖生理病理学等の医療基礎、並びに臨床実習等、最低でも2ヵ年2000時間以上)を受けることは必須であります。どのような種類の『応用指圧』であっても、講習会などでそれだけを短期間で受講しただけでは、プロの施術者とは言えないのは当然のことでしょう。

2200時間指圧師認定カリキュラム

カナダBC州指圧協会『標準指導要綱』参照

必修科目 計1700時間
指圧基礎 150時間 指圧理論・指圧実技
指圧応用 150時間 症状別施術 その他の手技療法
臨床実習 650時間
基礎医学 解剖学 300時間 生理学 300時間 病理学 150時間
その他 救急法・禁忌症・医療倫理・関係法規等
選択科目 計500時間
栄養学、運動学、衛生学、心理学、漢方医療(TCM)、
日本文化、ビジネスマネージメント、卒業論文、その他

参考文献

執筆にあたり、以下の諸著を参考とし、一部文例について引用させて頂きました。又、多くの方々にご協力いただきました。心より感謝申し上げます。

  • 完全図解・指圧療法 浪越徹著   日貿出版社(昭和47年)
  • 指圧の理論と実技  芹澤勝助著  医歯薬出版(昭和32年)
  • 経絡経穴と指圧療法 井沢正著   日本指圧協会(昭和47年)
  • おやゆび一代    浪越徳冶郎著 日本図書センター(平成13年再販)
  • 指壓療法      玉井天碧著  福永敷間(昭和14年)
  • 会報・指の光特定非営利団体    日本指圧協会
  • 第22回国会・参議院社会労働委員会会議録・第29号(昭和30年)