前頚部・下腿外側部の指圧刺激が瞳孔子直径に及ぼす効果

日本指圧専門学校学生研究発表より抜粋

はじめに

本校ではこれまで第22回~34回の本学会誌において、循環器系1~4) (心拍数及び血圧の減少、末梢の筋血液量の増大及び皮膚温の上昇)、消化器系4~6) (消化管運動の亢進)への指圧刺激による効果を報告してきた。 そして、昨年度7)より電子瞳孔計を用い、瞳孔直径に及ぼす指圧刺激の効果の検討を開始し、その第1報として、腹部の指圧刺激の効果について報告した。
その結果、腹部指圧刺激によって瞳孔直径が有意に縮小することが明らかとなった。本年度はこの結果を踏まえ、瞳孔直径に及ぼす指圧刺激部位の違いを検討す る目的で、前頚部・下腿外側部に指圧刺激を行い、瞳孔直径に及ぼす効果について見当したので報告する。

実験方法

対象

実験対象は本学学生及び教職員、計21名で男性14名・女性7名(19~48歳、平均33.1±9.6歳)であり、事前に十分実験の内容を説明し、同意を得た上で実験を行った。

実験期間・場所

2011年4月23日から7月9日まで、本校の基礎医学研究室で行った。実験環境は、室温22±2.0℃、湿度79±15.0%、照度100ルクスで行った。

実験手順

被験者を仰臥位にて、両眼電子瞳孔計(ニューオプト社製、ET-200、図1)を用いて、瞳孔直径の変化を測定した。

刺激方法

刺激部位(図2、3)

仰臥位で浪越式基本指圧の下腿外側部6点を重ね母指圧、前頚部4点を片手母指圧にて刺激した。

刺激方法

刺激時間は1点圧3秒で3分間繰り返し行った。圧刺激は通常圧法(漸増、持続、漸減)にて、快圧で行った。

実験手順(図4、5)

被験者に対し、事前に実験内容を説明し同意の上で、体調、眼の疾患などについて問診した。21名の被験者が、前頚部指圧刺激を行う者(以下、前頚部刺激 群)と下腿外側部指圧刺激を行う者(以下、下腿外側部刺激群)、指圧刺激を行わない者(以下、無刺激群)の3種類の介入を、日を変えて実施した。電子瞳孔 計の測定は被験者を仰臥位にして、床から高さ250cmの天井に設置した直径1.5cmのマーキングを実験中に目視させた。

前頚部刺激群について

被験者を仰臥位にて、3分間の開眼安静とし、安静後、前頚部に3分間の指圧刺激をした。刺激後、再び3分間    の安静を行った。計測は計9分間、瞳孔直径を測定した。

下腿外側部刺激群について

前頚部刺激群と同様の手順で、刺激部位を下腿外側部として行った

無刺激群について

無刺激群は仰臥位にて安静9分間で行った。

データ解析

刺激前60秒(Bf.60)の瞳孔直径をコントロール値として、刺激中(St.0)・刺激後30秒(Af.0)より180秒まで30秒間隔で各5秒間を解析した。

統計処理

瞳孔直径の測定値を混合モデルによる分散分析、Bonferroni多重比較を行った。有意判定は危険率5%未満で行った。

結果

右側指圧刺激での瞳孔直径の経過時的変化の間に交互作用を示した(p=0.05)。
3群間では、前頚部刺激群と無刺激群(p=0.00)、下腿外側部刺激群と無刺激群(p=0.00)で無刺激の瞳孔直径が大きかった。
cont(Bf.60)に比べて刺激開始150秒(St.150)(p=0.037)、刺激後90秒(Af.90)(p=0.001)、120秒(Af.120)(p=0.042)で縮瞳した。

前頚部刺激ではcont(Bf.60)に比べて、刺激後30秒(Af.30)(p=0.002)、60秒(Af.60)(p=0.004)、90秒 (Af.90)(p=0.00)、120秒(Af.120)(p=0.001)、150秒(Af.150)(p=0.00)、180秒(Af.180)で 有意に縮瞳した。
下腿外側部刺激では、cont(Bf.60)に比べて変化はなかった。
無刺激では、cont(Bf.60)に比べて変化はなかった。
左側慕う刺激での瞳孔直径の経時的変化の間に交互作用を示した(p=0.033)。
3群間では、前頚部刺激と無刺激(p=0.00)、下腿外側部刺激と無刺激(p=0.00)で無刺激の瞳孔直径が大きかった。
cont(Bf.60)に比べて刺激開始150秒(St.150)(p=0.048)、刺激後90秒(Af.90)(p=0.001)、120秒(Af.120)(p=0.001)で縮瞳した。
前頚部刺激ではcont(Bf.60)刺激後30秒(Af.30)(p=0.004)、60秒(Af.60)(p=0.012)、90秒(Af.90)(p=0.00)、120秒 (Af.120)(p=0.00)、150秒(Af.150)(p=0.001)、180秒(Af.180)(p=0.012)で有意に縮瞳した。
下腿外側部刺激では、瞳孔直径に有意な反応は認められなかった。
無刺激では、有意差は認められなかった。

考察

今回の実験では、無刺激群および下腿外側部の指圧刺激群では瞳孔直径の変化に有意差が認められなかったが、前頚部の指圧刺激群では瞳孔直径が有意に縮小した。
痛み刺激によって散瞳が起こることが報告されているが、本実験では痛みを伴わない快圧で指圧刺激を行ったために散瞳は認められなかったと考えられる。
瞳孔直径は、交感神経(頚部交感神経)支配の瞳孔散大筋と、副交感神経(動眼神経)支配の瞳孔括約筋によって調節される。本実験で観察された指圧刺激によ る縮瞳反応は瞳孔括約筋支配の副交感神経の興奮、瞳孔散大筋支配の交感神経の抑制の両方またはどちらか一方の結果、生じたと考えられる。
高位中枢 の関与する瞳孔反応においては交感神経が関わることが指摘されてきたが9~10)、Ohsawa H11)、志村ら12)は、麻酔下のラットへの鍼通電刺激やピンチ刺激による反射性散瞳は頚部交感神経切断によって影響されないことから副交感神経が抑制 されて散瞳が起こることを確認しており、体性感覚刺激に対する瞳孔反応において副交感神経が重要な役割を果たしていることもまた報告されている。種差、麻 酔の影響、明順応・暗順応下の違いなどもあるため、今後、詳細な検討が必要である。
前頚部指圧刺激による縮瞳反応は圧受容器の存在する頚動脈洞部が刺激されるため、圧受容器反射を介する可能性も考えられる。さらに、瞳孔支配の自律神経遠心路の出力するレベルと指圧刺激部位とが比較的近接しているため反応が起こりやすかったなどの可能性も考えられる。
意識下のヒトに対して体性感覚刺激が瞳孔径に影響を及ぼすその機序の詳細についてはさらなる基礎研究が必要であり、今後も、他の部位における指圧刺激が瞳孔直径に及ぼす影響を検討し、指圧刺激が自律神経に与える効果を明らかにしたいと考えている。

結語

健常成人を対象とした今回の実験で以下のことが明らかになった。
指圧刺激によって瞳孔直径は前頚部刺激では有意に縮瞳した。
下腿外側部刺激では瞳孔直径に有意が反応が認められなかった。

参考文献

  • 小谷田作夫、他:指圧刺激による心循環系に及ぼす効果について、東洋療法学校協会学会誌22号;40~45、1998