鼠径部指圧刺激が脊柱可動性に及ぼす効果

日本指圧専門学校学生研究発表より抜粋

はじめに

私達は指圧刺激の効果について、心拍数、末梢循環(脈波波高、皮膚温、筋血液量)、血圧、脊柱の可動性を指標に研究を進めてきた。その反応は刺激後における心拍数の減少および刺激中の指先脈波の波高値減少1)、刺激中および後での血圧下降2)、刺激後に踵部の皮膚温上昇3)、刺激直後における皮膚温が上昇しているものは筋血液量が低下し、皮膚温の下降しているものは筋血液量が増加するといった報告をした4)。また、脊柱の柔軟については背部指圧刺激によって指床間距離(FFD)が改善し5)、腹部や鼠径部の指圧刺激によっても立位体前屈が改善した6)。私達は指圧刺激が循環器系への作用および立位体前屈への影響を確認してきた。 脊柱の動きは屈曲、伸展、左右側屈、左右回施といった自由度を持っている。それら個々の椎間は小さな可動域であるが、関与する関節で総合的に大きな可動域になることが知られている6)。その関節を補助・補強している筋は背部および腹部の指圧刺激で筋緊張の緩和により脊柱可動域が高まることを示してきた6、8、9)。

今回は立位脊柱可動性について姿勢支持筋である腸骨筋および大腰筋いわゆる腸腰筋の走行部位である鼠径部に対して指圧刺激を行った。本研究の目的は鼠径部刺激による脊柱可動域の屈曲・伸展に関する脊柱可動性を検討した。

方法

対象

本研究は本学学生の健常成人30名で(男性18名、女性12名)、年齢18歳~67歳(平均39.5±14.1歳)を対象とした。

期間

研究期間は2008年4月1日~9月20日の土曜日13時30分~18時に行った。

場所

研究場所は日本指圧専門学校5階実技実習室において、室温25.0±2.0℃、湿度63.0±12.0%で行った。

測定方法及び機器

測定は脊柱の可動性についてスパイナルマウスR(インデックス社製)を用いて計測した。これは矢状面および前額面での各椎体間の角度と可動域を体表から計測できる機器である(図1)。
今回は矢状面における脊柱可動域について、立位中間位(立位時の姿勢)、最大前屈位(立位時から最大に前屈した時の姿勢)、最大後屈位(立位時から最大に後屈した時の姿勢)で計測した各部位の角度(脊柱傾斜角度、胸椎後彎角度、腰椎前彎角度、仙骨/骨盤傾斜角度)を用いて前屈可動域と後屈可動域について検討した。なお、前屈可動域は立位中間位から最大前屈位の計測値の差、また後屈可動域は各部位の立位中間位から最大後屈位の計測値をの差を用いた(図2)。

測定原理は上下の棘突起間を結んだ線に対する垂線がなす角度をSegmental angleとし、スパイナルマウスRが記録したデータをコンピュータに入力し、前屈・後屈の矢状面彎曲を抽出した。

計測項目について以下に示す(図3)。

  1. 脊柱傾斜角度: 第1胸椎と第1仙椎を結んだ直線で、総合的可動域の尺度を示す。その直線が鉛直線に対してなす角度で表せる。
  2. 胸椎後彎角度: 第1~第12胸椎まで、つまり胸椎全体の彎曲を表す。
  3. 腰椎前彎角度: 第1~第5腰椎まで、つまり腰椎全体の彎曲を表す。
  4. 仙骨/骨盤傾斜角度: 仙骨の傾斜角度が計測されるが、仙骨は仙腸関節により骨盤の一部となるため、骨盤傾斜角度に相当する。

指圧刺激方法(図4)

浪越式基本指圧の鼠径部3点(鼠径靭帯に沿って1点目:上前腸骨棘の内下方、2点目:動脈拍動部、3点目:恥骨上外方)に対し、1点圧5秒間とし、左右各5分ずつ計10分間掌圧した。指圧刺激は全て基本圧法(漸加える―持続―漸減)にて、また刺激量としての圧の強さは快圧(被験者が心地よいと感じる程度の圧)にて実施した10)。
なお、掌圧は指圧の基本圧法の一つであるため本稿では指圧と表す。

実験手順(図5)

被験者に対し事前に実験内容を説明し同意を得たうえで腰痛等の自覚症状および日常的な運動等についての問診をした。
指圧刺激をしない実験(以下、無刺激群)と指圧刺激をした実験(以下、刺激群)の2種類の実験を30名の被験者が日を変えて行った。

無刺激群

安静15分→計測→安静10分→計測

刺激群

安静14分→計測→指圧刺激10分→計測
なお、安静および刺激は仰臥位で計測は立体で実施した。

解析方法

無刺激群と刺激群の群間に対する刺激前後では、各測定角度(脊柱傾斜角度、胸椎後彎角度、腰椎前彎角度、仙骨/骨盤傾斜角度)を一般線型による二元配置分散分析、Bonferroni多重比較で解析した。無刺激群及び刺激群の刺激前後では、各測定角度を一元配置分散分析、Bonferroni多重比較で 分析した。また、解析ソフトはSPSS Ver.15を用いて危険率5%以下を有意とした。

結果

前屈および後屈可動域について、無刺激群の安静前後、刺激群の刺激前後の脊柱および各部位(胸椎、腰椎、仙骨/骨盤)の変化を示す(mean±SD)。

前屈可動域(図6)

前屈の脊柱傾斜角度変化

前屈による無刺激群では刺激前113.97±13.87度に比べて刺激後114.17±14.61度に変化がなかった(p=0.592)。

前屈による刺激群では刺激前113.83±13.14度に比べて刺激後114.70±13.85度に変化がなかった。(p=0.439)

脊柱では無刺激群と刺激群の群間での刺激前後に交互作用はなかった(p=0.57)。刺激種類では無刺激群と刺激群に差がなく(p=0.955)、刺激前後については差がなかった(p=0.364)。

前屈の胸椎後彎角度変化

前屈による無刺激群では刺激前16.33±11.05度に比べて刺激後15.83±11.12度に変化がなかった(p=0.697)。

前屈による刺激群では刺激前15.93±12.26度に比べて刺激後14.97±11.23度に変化がなかった(p=0.445)。

胸椎では無刺激群と刺激群の群間での刺激前後に交互作用はなかった(p=0.794)。

刺激種類では無刺激群   と刺激群に差がなく(p=0.823)、刺激前後については差がなかった(p=0.413)。

前屈の腰椎前彎角度変化

前屈による無刺激群では刺激前58.57±15.25度に比べて刺激後57.10±13.94度に変化がなかった(p=0.207)。

前屈による刺激群では刺激前53.70±14.01度に比べて刺激後54.03±15.03度に変化がなかった(p=0.798)。

腰椎では無刺激群と刺激群の群間での刺激前後に交互作用はなかった(p=0.299)。

刺激種類では無刺激群と刺激群に差がなく(p=0.283)、刺激前後については差がなかった(p=0.512)。

前屈の仙骨/骨盤傾斜角度変化

前屈による無刺激群では刺激前60.33±17.68度に比べて刺激後61.43±17.26度に変化がなかった(p=0.209)。

前屈による刺激群では刺激前64.00±16.31度に比べて刺激後64.90±17.57度に変化がな   かった(p=0.585)。

仙骨/骨盤では無刺激群と刺激群の群間での刺激前後に交互作用はなかった(p=0.914)。

刺激種類では無刺激群と刺激群に差がなく(p=0.415)、刺激前後については差がなかった(p=0.282)。

後屈可動域(図7)

後屈の脊柱傾斜角度変化

無刺激群による脊柱の可動域は安静前-34.47±8.66度、安静後-32.53±9.87度で有意に減少した(p=0.046)。
指圧刺激群の脊柱の可動域は刺激前32.87±8.60度、刺激後―35.37±9. 73度で有意に可動域が増加した(p=0.008)。
脊柱では、無刺激群と刺激群の群間での刺激前後に交互作用を示した(p=0.001)。
刺激種類では無刺激と刺激群に差がなく(p=0.789)、刺激前後についても差がなかった(p=0.659)。

後屈の胸椎後彎角度変化

後屈による無刺激群では刺激前3.63±11.48度に比べて刺激後3.97±12.69度に変化がなかった(p=0.844)。
後屈による刺激群では刺激前2.10±13.50度に比べて刺激後2.20±15.23度に変化がなかった(p= 0.947)。
胸椎では無刺激群と刺激群の群間での刺激前後に交互作用はなかった(p=0.917)。
刺激種類では無刺激群と刺激群に差がなく(p=0.613)、刺激前後については差がなかった(p=0.847)。

後屈の腰椎前彎角度変化

後屈による無刺激群では刺激前-14.40±6.99度に比べて刺激後-13.27±12.11度に変化がなかった(p=0.461)。
後屈による刺激群では刺激前-14.67±8.30度に比べて刺激後-13.17±9.52度 に変化がなかった(p=0.292)。
腰椎では無刺激群と刺激群の群間での刺激前後に交互作用はなかった(p=0.859)。
刺激種類では無刺激群と刺激群に差がなく(p=0.947)、刺激前後については差がなかった(p=0.207)。

後屈の仙骨/骨盤傾斜角度変化

後屈による無刺激群の刺激前後では刺激前-21.13±6.99度に比べて刺激後-20.40±9.62度に変化がなかった(p=0.594)。
後屈による指圧刺激群の刺激前後では刺激前-19.27±7.66度に比べて刺激後-23. 70±11.55度が増加した(p=0.006)。
仙骨/骨盤傾斜では無刺激群と刺激群の群間での刺激前後に交互作用を示した(p=0.014)。
刺激種類では無刺激群と刺激群に差がなく(p=0.737)、刺激前後については刺激前に比べて刺激後に差の傾向があった(p=0.074)。

考察

本研究は鼠径部に対する指圧刺激が脊柱可動域変化を検討するものであった。その結果、後屈時による脊柱可動域では刺激間での刺激前後に相違(交互作用)を示した。指圧刺激による変化では脊柱可動域が増加し指圧刺激を行わない脊柱可動域は減少するものであった。また、後屈時の骨盤(仙骨傾斜角度)では刺激間での刺激前後に相違(交互作用)を示し、指圧刺激で骨盤可動域が増加し指圧刺激を行わない骨盤可動域には変化がなかった。 脊柱可動域は胸椎、腰椎、骨盤といった個々の関節が関与し、その関節の屈曲および屈伸の累積可動域が250度に柔軟性のある人で得られる最大可動域になると示している7)。

宝亀ら11)は19歳から65歳の168名を対象にスパイナルマウスを用いて姿勢分析を行っている。前屈時では男性89.9±15.1度、女性85.3±21.7度、後屈時が男性-29.8±11.3度、女性-22.0±11.1度であった。

白田ら12)は18歳から28歳の89名を対象にスパイナルマウスを用いて立位姿勢を分析している。前屈時の男性97.1±16.0度、女性96.1±18.2度で、後屈時の男性-40.1±12.8度、女性-38.0±9.0度であった。本研究の前屈時では無刺激時の刺激前」113.97±13.87度、指圧刺激時の刺激前113.83±13.14度であり、後屈時は無刺激時の刺激前-34.47±8.66度、指圧刺激時の刺激前-32.87±8.60度であった。このことから先行研究である宝亀らや白田らと本研究の対象者へ前屈時による脊柱可動域が高かった。また、後屈時による脊柱可動域では先行研究による宝亀らや白田らと類似していると思われた。 本研究の刺激対象部位である鼠径部では腰部横突起から起始する大腰筋、腸骨から起始する腸骨筋が大腿骨小転子に筋が停止している。この筋作用は股関節の屈曲(前屈作用)が起こるが、それら筋の緊張緩和は後屈時を助長できると考えられる。このことから鼠径部指圧刺激では骨盤可動性の増加に伴い、脊柱後屈可動域の増加が惹起されたと考えている。

私達は腰背部、下肢後面部、腹部、鼠径部に対する指圧刺激が前屈時(FFD:指床間距離)に脊柱可動性の増加(改善)を報告した5、6、8、9)。今回の鼠径部指圧刺激は腰背部や下肢後面部への指圧刺激を含まないことが要因と思われた。また、前屈時の可動性は脊柱起立筋や下肢後面部の緊張緩和が重要と示唆された。また、先行研究での前屈時と本研究の前屈時(刺激前)では本研究の脊柱可動域が高いことも1つの要因と思われる。

結語

健常成人30名を対象とした今回の実験でスパイナルマウスRを用いて計測した脊柱と各部位の前屈可動域および後屈可動域を指標に検討した結果を得た。 鼠径部指圧刺激は骨盤可動性の増加に伴い、脊柱後屈可動域の増加が起こった。

謝辞

稿を終えるにあたり、本実験に協力して頂いた本学学生及び教職員諸氏に心より感謝に意を表す。

参考文献
  1. 小谷田作夫他:指圧刺激による心循環系に及ぼす効果について、東洋療法学校協会学会誌22号:40~45、1998
  2. 井出ゆかり他:血圧に及ぼす指圧刺激の効果、東洋療法学校協会学会誌23号:77~82、1999
  3. 月足宏法他:腰背部の指圧刺激による下腿部・足部皮膚温の変化、東洋療法学校協会学会誌31号:133~137、2007
  4. 蒲原秀明他:末梢循環に及ぼす指圧刺激の効果、東洋療法学校協会学会誌24号:51~56、2000
  5. 衛藤友親他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果、東洋療法学校協会学会誌27号:97~100、2003
  6. 宮地愛実他:腹部指圧刺激による脊柱の筋の柔軟性に対する効果、東洋療法学校協会学会誌29号:60~64、2005
  7. 萩島秀男(監訳)、嶋田智明(訳)、I.A.Kapandji:カンパンディ関節の生理学 体幹・脊柱、医歯薬出版株式会社:38~39、東京、1995
  8. 浅井宗一他:指圧刺激による筋の柔軟性に対する効果、東洋療法学校協会学会誌25号:125~129、2001
  9. 田附正光他:指圧刺激による脊柱の可動性及び筋の硬さに対する効果、東洋療法学校協会学会誌28号:29~32、2004
  10. 石塚寛他:指圧療法学、国際医学出版株式会社:40~102、東京、2008
  11. 宝亀登他:スパイナルマウスによる日本人健常成人の姿勢分析、東日本整形災害外科学会雑誌16巻2号:293~297、2004
  12. 白田梨奈他:スパイナルマウスを用いた青年期の立位姿勢の評価、山梨大学看護学会誌5巻2号:13~18、2007